3月30日(日)江古田マーキーのコンサート
いつものとおり「大事な人だから」で始まる江古田マーキーのコンサートです。
第一部は宮澤由衣さんの伴奏で、前回は入山アキ子が弾き語りで歌った「なごり雪」からスタート。そして「待ってておくれ」「北の旅人」と続きます。実は『昭和オトコウタ』のレコーディングの際にも「北の旅人」は宮澤さんにピアノを弾いていただいたのですが、宮澤さんはディレクターからのちょっと無茶振り気味な、具体的にどう弾きゃいいんだというような要望にも見事に応え、イントロから素晴らしい演奏で入山アキ子の世界を盛り立て、アルバム・トップを飾るにふさわしい作品にしてくださったというお話も披露されました。宮澤さんとはコロナ禍に開催された施設訪問以来のお付き合いとなるそうです。素敵な出会いに感謝ですね。
と、ここまで歌ったところで、入山アキ子から、今年初挑戦したことについての話がありました。京都・大阪地区にある3つの聴覚障害者の団体が入山アキ子を呼んでいただいき、耳のご不自由な方の前で25分間のステージをおこなったのです。その中で特に感動的だったのは、手話サークルの方30人の方にお手伝いいただいて歌ったことでした。歌が聞こえている人も聞こえていない人も、いっしょになって手をつなげてひとつになれる。歌って素晴らしいな、そう感じさせてくれたのがこの曲「見上げてごらん夜の星を」でした。当日、ステージが終わって幕が下りた後、入山アキ子が客席に現れると、みなさん感激して涙を流して抱きついてこられたそうです。こんな素晴らしい経験をさせていただいたご縁に感謝です。
第二部は、歌に入る前に入山アキ子からお越しいただいた皆様に向けて話かけました。江古田マーキーはお客さまとの距離が近い小さなライブハウスですから、お客さまひとりひとりの反応を確かめつつ、きちんと自身の気持ちを伝えるには一番いい場所かもしれません。
先日のイベントにもお越しいただいた山口県美祢市の観光協会の方との永年のおつきあい、鈴木淳先生との思い出や星野哲郎先生とはご挨拶をさせていただくチャンスがないまま遠いところに行かれてしまったというお話、先日のイベントにお越しくださった星野哲郎先生のご子息の方からいただいた先生の著書「歌、いとしきものよ」に書かれていた、鈴木先生がまだ作曲家として駆け出しの頃、どのプロダクションやレコード会社に持って行っても全く返事をいただけなかった自信作が、渡辺プロダクションに見い出され「小指の想い出」として大ヒットするまでの道のり、星野哲郎先生の後援会長であり現山口県議会議長の方からいただいた応援のお言葉、今年になって知り合えた周防大島町にお住まいの方からの優しいお便り…そんな、甦ってきた想い出や最近の出来事を語ったあと、こう続けました。
「これまで行政のみなさまと同じ思いを持って、出身地である山口県美祢市を始め各地で、歌を通じての街作り地域作りを進めてきました。でも、それを進めていくには多くの方に入山アキ子の名を知っていただかなければ難しいことです。2004年にデビューして20周年。でも、20周年のお祝いをしている場合ではありません。歌の道に入ったからにはやり遂げなければならないことがたくさん残っています。みなさまとは「太く長く」ではなく「細く長く」。時にはあちこち蝶々のように飛んでいらしても、疲れたら戻って来ていただける、そんな入山アキ子でいたいと思っています。今の私の思い。1曲にかけて。これからしばらく、新曲は「ザンザ岬」「紀淡海峡」「秋芳洞愛歌」。どうぞよろしくお願いいたします。」
これからの活動の方向性、そしてそのように考え至った背景を、約10分間に渡って自身の言葉で語ってくれました。
(上記の内容は、かなり端折ったもので、入山アキ子の思いを十分に伝え切れていないこと、どうかご容赦ください。)
その後、カラオケ演奏をバックに「紀淡海峡」「月に笑う蝶」「溺れ酒」「一泊二日」「秋芳洞愛歌」そしてアンコールとして「ザンザ岬」が元気いっぱいに披露されます。好きでたまらないあの人から別れの言葉を告げられ、荒波を受けたがごとく激しく乱れ動く女心。あの魅力的な振り付けも、歌う姿をご覧になって聴いて下さる方の印象に残るように、ということでご自身で考えられたものなんですね。
2008年にテイチクレコードからの再デビューにあたり、星野哲郎先生の作詞、鈴木淳先生の作曲により生まれた「ザンザ岬」。その原点に立ち返り、みなさまとのご縁に感謝して、「歌も看護も心から」をキャッチフレーズに、これからも「細く長く」入山アキ子を応援くださいますよう、よろしくお願いいたします。(MK)